エンボラス学会メールマガジン
COVID-19と血栓症
杏林大学脳卒中医学 平野照之
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2020年6月現在、世界中で約1000万人の感染が確認されている。ウイルス名:SARS-CoV-2とは、重症急性呼吸器症候群(SARS)を起こす2番目のコロナウイルスという意味である。その名の通り、当初は「新型肺炎」として急速に呼吸不全が進行し死に至る症例に注目が集まっていた。しかし中国の大規模疫学調査によれば、感染しても8割は軽症〜中等症にとどまり、入院を要するものは2割程度、重篤例は5%とされる。最近は、肺だけでなく、脳や目の結膜の炎症、腎臓や肝臓の損傷、下痢などの消化器症状、また手足の指が血流不全を起こししもやけの様に腫れ上がる症状(COVID toe)も注目され「脳からつま先まで」全身に症状が出ることがわかってきた。つまりCOVID-19は血管の病気と考えられている。その病態の背景には、血栓症が深く関与している。
COVID-19に限らず、一般に重症感染症ではウイルスの侵入によってサイトカインが過剰に分泌され、免疫細胞が異常に活性化し正常な細胞をも攻撃する(サイトカインストーム)。血管内皮が傷害され凝固亢進および線溶抑制を引き起こし、血栓症をきたす。COVID-19による呼吸器症状は、ウイルスそのものが肺を侵すだけでなく、血栓による肺塞栓症も関係している可能性が高い。事実、重症COVID-19患者ではDダイマーが異常高値を示している。
この重症感染症からのサイトカインストーム、それに引き続く血栓症、という機序に加え、SARS-CoV-2に特有の病態も報告されている。すなわち血管内皮細胞に発現しているACE-2受容体を介して、ウイルスが直接、血管壁に侵入し血管に炎症を起こすものである。実際、COVID-19剖検例において血管壁にウイルスと炎症細胞が集簇している所見が確認され [Varga N et al. Lancet 2020]、血管炎から局所に血栓症を生じることが示唆されている。軽症患者が経過観察中に突然死を起こす例や、欧米で報告されている小児の川崎病様の症状も、全身の血管炎が背景にあると推察される。COVID-19は軽症であっても血栓症を生じるリスクは高い。
オランダの報告では、ICU入院中の184人の31%に血栓性合併症を生じ、静脈血栓塞栓症が27%、脳卒中を含むその他が3.7%であった [Klok FA et al. Thromb Res 2020]。イタリアからは大学病院入院中の362例における血栓塞栓症合併は28例(7.7%)であり、動脈血栓より静脈血栓の頻度が高く、急性冠症候群(1.1%)より脳梗塞(2.5%)が多いと報告された [Lodigiani C et al. Thromb Res 2020]。こうした報告を受け、厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き(第2版)」に血栓症リスクに関する注意喚起を盛り込んだ(2020年5月18日)。また、日本血栓止血学会からは (1) 凝固異常に伴う血栓症発症と DIC が COVID-19 の予後増悪因子であること。(2) 軽症患者においても、Dダイマーの上昇がある場合には抗凝固薬による血栓症予防を考慮すること。(3) 中等症患者(酸素療法が必要)においては、血小板減少などの禁忌事項がない限り早期のヘパリン使用を推奨する。(4) 重症患者(人工呼吸器やECMOによる管理が必要)は、動静脈血栓症発症の高リスク〜最高リスクであり、治療量ヘパリンによる抗凝固療法を推奨する。(5) DIC発症の頻度も高いため、ヘパリンに加えナファモスタットメシル酸、遺伝子組換えトロンボモデュリン製剤等を用い厳密に管理する。(6) 退院後も血栓症リスクが遷延するため、抗凝固薬内服を考慮する。という提言が出されている。
COVID-19と脳卒中の観点では、米国マウントサイナイ病院からの報告が衝撃的であった [Bederson JB et al. N Engl J Med 2020]。新型コロナウイルスに感染した30〜40代の患者が脳梗塞、しかもlarge-vessel strokeを発症し、その数は2週間に5人と過去の同時期と比べて7倍の頻度であったというものである。この5人には糖尿病、高血圧、高脂血症といったリスクはなく、3例で内頸動脈起始部に壁在血栓が確認されている [重松朋芳. STROKE 2020プレ企画第4回COVID-19緊急Webセミナー]。全例、COVID-19は軽症か無症状であるにもかかわらず、ウイルスの影響で血液の凝固機能が亢進し、血栓形成を促進したと推察されている。
2020年6月時点で新型コロナウイルスが直接の原因となった脳卒中は、日本では報告されていない。ただCOVID-19で入院中に発症した脳梗塞は4例報告されている。血栓回収療法を行った症例では、ヘパリンが効きにくい、治療中に別の脳血管に血栓が湧いてくる、など通常とは異なる現象があったという [今井啓輔 personal communication]。第二波に向けて警戒が必要である。
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